米国の議員も、もうちょっと、やるかと思ったが、
有権者のご機嫌をうかがうところは、日本の政治家と変わらない。
だが、真のデフォルトに直面したとき、そうも言っていられなくなる。
それは、2013年に訪れる。
その近い将来、光景が目に浮かんだ。
最初の10年は乱、次の10年は治世。
乱も一時は、歓迎されうる。
なぜなら、不満分子を一まとめに排除できるからだ。
これからの世の中、私心なく、合理的、冷徹に取り組む者が頼りになる。
北洋の氷塊と呼ばれるほどに。
明治6年、明治政府を掌握した大久保利通は、日本の官僚制度のほとんど全てを一人でつくった。
そろそろ、それを、ぶち壊すときが来る。
強いてそうしなくても、自然にそうなる。
契機となるのが、デフォルト。
デフォルトが米国を変え、日本を変える。
そのとき、IMFも、世界銀行も、国連もデフォルトする。
だが、ジョーよ、そうなっても、泪橋を逆に渡れ。
まるで、クレイジーとよばれるような今日を生き抜くからこそ、明日があるのだ。
泪橋がなぜ、泪橋とよばれるか。
それは、人生に破れ、行く場所もない者が、泪して渡ったから、泪橋と呼んだ。
そこは、ドヤ街。
ドヤとは、いうまでもなく、宿を逆さによんでいる。
日夜過ごす宿にはなりえない、悲惨な場所。
しかし、最下層の人間は、そこに住むより仕方なく、そこに住んだ。
ちょっと前までは、山谷、明治時代は、四谷鮫河橋。
その悲惨な環境。
裕福な陸軍の残飯を食って生活し、残飯屋という商売が成り立つ世の中。
日本の疫病の全てがそこに集中し、病で倒れていった。
最後は関東大震災で、自然消滅。
復興に至るまでの過程では、いったんは地獄を見る必要がある。
生易しいものでは決してない。
今のアメリカ、日本も、世の中をなめているといっていい。
まるで、クレイジーとよばれるような、今日を生き抜くからこそ、明日がある。
ジョーよ。決してくじけることなく、泪橋を逆に渡れ!
ギリギリを生きろ。灰になれ。
kingsarmonj
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