The kingsarmonj Journal
by kingsarmonj


2011年1月3日月曜日
厄おとし

初詣で賑わう東京、浅草寺。
賑わいは 花の東の浅草寺 金龍山の名にしるき 御利生(ごりしょう)も身に澤瀉屋(おもだかや)-独楽(こま)
浅草寺で、おみくじを引いたら、吉(第五十七)とでた。
しかし喜ぶには値しない。油断したり驕れば凶に転ずる。
お守りは、願望成就、交通安全といろいろあるけれど、厄除を選んだ。赤地に龍が描かれている。
やはり、願望とか、得しようとか、そういう考えは捨てたほうがいいと思っているし、もともとあまり多くは望んでいない。
運に期待もしていない。
努力次第、実力どおりで十分だが、時に、問題になるのは、厄のほうだろう。
厄をいかに避けるか。
いや、そのような考えにも問題はある。
一見厄を避けたかに見えて、さらなる大きな厄に遭遇するということもありうる。
人間万事塞翁が馬。
厄の存在、作用と向きあい、対応していくこと。
これからの時代、この厄への対応が重要かもしれない。厄といかに向き合うかが、重要なテーマ。
私なども、厄年に厄払いをしなかった向きだが、実に、半数を超える人が、厄年に何かしらの一大事が起きたといい、その7割が厄払いしていなかったという統計がある。
おん厄払いましょう、厄落とし-三人吉三巴白波(さんにんきちさともえのしらなみ)
厄とは、宗教ではない。これは、人類の経験。神道、仏教に関係なく、陰陽道の時代から知られてきた。藤原氏も厄にはうるさかったし、徳川家康もブレーンを据え、厄と向き合ってきた。日本のみならず、トルコにもある。
常日頃、表の得にとらわれることなく、厄の振る舞いをどう受けとめ、どう向き合うか。意外と難しい。
ゼロ金利、デフレの時代、願望成就や運、御利生(ごりしょう)やご利益(ごりやく)も結構だが、せめて、いや、むしろ、厄除けと考えるのは、あながち、間違っているとも思えない。
kingsarmonj

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