電子書籍、電子新聞そのものは、紙が電子に変っただけ。
会社四季報が、CD-ROMに変ったことと同じ。
重要なのは、中身であり、本を読まなくなった、新聞を読まなくなったという状況そのものは、紙から電子に変ろうと、本質的に変るものではない。
時事に興味のない人、株に興味の無い人にとっては、いずれも本質的に同じである。
ゲンダイや夕刊フジの記事を、専用アプリで見る。
そんなことより、普通にWebで当日の記事がタダで閲覧できる。
こっちのほうが便利でお気軽である。
記事の感想やアンケートをインタラクティブにリアルタイムに論じ合える。
そちらのほうが中身として有意義で、時代性や時代意識までより的確に表現しうる。
iPadだの、7インチだの、デバイスなり、形に目を向けられがちだが、中身が伴わなければ、結局、長続きしない。
歌舞伎をワンセグで見ようが、Youtubeで見ようが、DVDで見ようが、舞台で見ようが、求められるのは歌舞伎であり、演目であり、筋書きであり、役者であり、セリフであり、音響、衣装、大道具、小道具、客席の掛け声である。
「っトワヤっ。」、「っリタヤっ。」と。
勘違いしてはならないのは、その時、お客さんは、テクノロジーを買っているのではない。
歌舞伎を買っているのである。
チケットを売る人を買っているのではなく、歌舞伎という商品を買っている。
営業が売り子になったら終わり。
サービスの延長に一体化して、はじめて営業であり、営業の人柄なんて買い手にしてみたらどうでもよく、詐欺的商法、枕営業には見向きもしたくないというのが、買い手の本音と言える。
チケット売りの人柄に負けましたと、買い手は言ってはくれないのである。
観客は、あくまで商品、サービスを買っているということを忘れてはならない。
より臨場感を求めれば、劇場で見る、リアリズム、本質を突き詰めればそうなる。kingsarmonj
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