馬朝旭報道局長は12日、以下のように述べた。
「中国の司法制度を尊重していない。このような方法で中国の政治制度を変えようとたくらむのは間違いだ」
確かに、最近の中国に対する批判、要請は、強制的圧力や内政干渉が感じられ、自立した経済大国の自発的な動きに良い流れをもたらすとも思えない。
天安門事件に同情した胡耀邦党総書記は失脚したが、現、胡・温は、胡氏の遺志を継ぎ、体制内で段階的な民主化路線を進めてきた開明派でもある。
国外から、言われなくとも承知しているはずだ。
だが、対外的な圧力に対抗する姿勢をとらざるおえない事情があると言われている。
法の客観性による支配は、気まぐれな君主1人による不公平で主観を生じる統治よりもずっとマシといえる。
たとえ悪法であっても、法を守らず13億人の支配などできようか。
議論も法の規定に従う。
法を無視した私的権力を抑止し、価値基準を統一し、社会秩序を維持していくことができる。
ひとつは、個人の主観を交えない、法の客観性と中立性。
中国憲法35条は、言論、出版、集会、結社の自由を保障する。
この憲法は、「絵に描いた餅」なのかと、中国共産党引退幹部らは、自由化を要求する。
中国内部から沸き起こる自発的、能動的かつ熱狂的なうねりに期待したい。
さらに、もうひとつの法の側面として、国家が意図する方向に誘導する技術としての法がある。
すなわち術的法。kingsarmonj
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